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最高裁判所第三小法廷 平成10年(行ツ)207号 判決

アメリカ合衆国ペンシルヴァニア州ピッツバーグ パークウエイ ウエスト アンド ルート 六〇

上告人

クルーシブル マテリアルス コーポレイション

右代表者

ハーベイ・O・シモンズ サード

右訴訟代理人弁護士

木下洋平

同弁理士

桑原英明

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 伊佐山建志

右当事者間の東京高等裁判所平成八年(行ケ)第二四号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年一二月一一日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人木下洋平、同桑原英明の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)

(平成一〇年(行ツ)第二〇七号 上告人 クルーシブル マテリアルス コーポレイション)

上告代理人木下洋平、同桑原英明の上告理由

上告理由第一点

RFeBの組成範囲限定の根拠が発明の詳細な説明に記載されていないことと、特許法第三六条第三項の関係について

1 原判決は、第三一頁第一一行から第一五行にかけて、『「特許請求の範囲1に記載されたRFeBの組成範囲の数値を採用した根拠が発明の詳細な説明に記載されていない」ことを、本出願が特許法三六条三項に規定する要件を満たしていないとする論拠とした審決の認定判断に誤りはない。』と認定している。

2 しかしながら、右「特許法三六条三項に規定する要件」とは、明細書には、いわゆる当業者が容易に発明を実施することができる程度に、発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない、とする要件である。ところが.本出願が右要件を満たしていないとは到底考えられない。以下、その理由を述べる。

3 原判決は、右でいう、発明の「目的、構成及び効果」の内、何が本願発明の明細書に記載されていないというのか明確には述べていない。しかし、原判決が「RFeBの組成範囲の数値を採用した根拠」を問題にしていることから、これは、発明の「構成」ではなく、発明の「目的」又は「効果」について明細書の記載が不備であると認定したものと解するほかはない。

4 ところが、甲第二号証の公報に、「少なくとも一つの希土類元素とほう素との組合せに鉄を含有させている合金から生成された永久磁石は、最高のエネルギー積をもつ磁石を与える。」(甲第二号証、第一頁第二欄第二-四行)が、「これら鉄含有磁石は熱と温度下で物理的に安定性を示さない事が知られている」(同第二欄九-一〇行)ことに鑑み、「磁石が湿気と熱の条件下で使用されても、水素吸収と分解に抵抗するであろう永久磁石の製造に使用される磁石合金を提供する」(同第二欄第一七行から第三欄第二行)と記載されていることから、本願発明の「目的」について、明細書の記載は明確そのものである。

5 また、「ある量の酸素を従来公知の組成の希土類磁石合金に含有させることにより、得られた磁石合金は、熱と湿気の条件下でも使用されえることを認めた」(甲第二号証、第二頁第三欄第二二-二四行)と記載され、明細書に添付した図面からも知られるように、六〇〇〇から三五〇〇〇ppmの酸素含量をもつ磁石合金が、「高温湿度の条件下で使用されても、壊変に抵抗し、安定である」ことを見出した点に本願発明の効果が存することも明白である。

6 してみれば、本願発明の目的、構成及び効果が明細書中に明確に記載されていることは余りにも明らかであるから、この点で明細書の記載が不備であり、本願は、特許法第三六条第三項の規定を満たしていないとする原判決には、理由不備があることが明らかである。

7 なお、原判決も、第二三頁第七行から第二七頁第一行にかけて、甲第二号証に基づいて本願発明の目的、構成及び作用効果について検討した結果、第二七頁第一行乃至第六行において、「当業者であれば、この記載から、前記組成の合金に六〇〇〇から三五〇〇〇ppmの範囲において酸素を加えることにより、高温湿度下においても、基本的な磁気特性を有し、かつ壊変に対する抵抗性を有する希土類磁石合金を得られることを理解できるというべきである。」と結論付けているものである。

8 さらに、上告人が原審において第一準備書面で述べたように、本願発明は合金の技術分野に属するものであるところ、「一般に、合金の技術分野においては、合金を構成する元素が特定されれば、それら元素を構成成分とする合金を製造すること自体格別困難を伴うことなく実施できる。」(東京高裁昭和五九年二月二八日判決・判例時報一一二八・一一九参照)ものであり、本願発明の明細書は、特許請求の範囲に記載された技術思想を具体化した実施例の開示においても欠けるところはなく、従来周知のRFeB系磁石合金において、従来より酸素含量を多くするための方法についても、具体的に開示している。してみれば、本願の明細書の発明の詳細な説明には、「当業者が容易にその発明を実施できる程度にその発明の目的、構成、効果が記載されている。」と認定することこそ、当業者の技術常識に適っている。

9 右の次第であるから、『「特許請求の範囲1に記載されたRFeBの組成範囲の数値を採用した根拠が発明の詳細な説明に記載されていない」ことを、本出願が特許法三六条三項に規定する要件を満たしていないとする論拠とした審決の認定判断に誤りはない。』とした原判決は、旧民事訴訟法第三九五条第一項第六号の「判決に理由を付せず又は理由に齟齬あるとき」に該当している。

上告理由第二点

本願発明において、「重量%で、希土類元素30から36、鉄60から66、及び残部がほう素」からなる点については、単に、従来技術を表示するのに、一般的名称の代わりに、従来技術が一般に使用する数値範囲をもってしたにすぎないか否かについて

1 上告人が、原審において、本願発明において、重量%で、希土類元素30から36、鉄60から66、及び残部がほう素」からなる点については、単に、従来技術を表示するのに、一般的名称の代わりに、従来技術が一般に使用する数値範囲をもってしたにすぎないから、本願発明において、RFeBの含有量について数値限定の根拠を明らかにする必要はない。」旨主張したのに対して、原判決は、「原告がRFeB系磁石合金の組成に関する従来技術と主張する希土類元素三〇~三六%、鉄六三~六六%、ほう素〇・八~一・四%(甲第四号文書のFIG.5において最大エネルギー積が35MGOeを示す範囲)と、本願発明が要旨とする数値とを対比すれば、希土類元素の含有量は一致するものの、鉄の含有量が一致しないことは明らかである。」(第二九頁第一〇行乃至第一六行)と認定した。

2 しかしながら、上告人は、原審の第八準備書面の第四頁第二行乃至一八行において、「甲第四号証によれば、その要約にあるように、原子%で、八-三〇%のR、二-二八%のB、残余のFeからなる組成が磁気特性において従来よりすぐれたものとされている。Rがネオジム(Nd)の場合について、この原子%による組成を重量%に換算すると、一八.六〇-六二・〇三%のR、〇・三五-四・三四%のB、三三・六三-八一・〇四%のFeとなる。(RがDy《ジスプロシウム》の場合もこれと大差はない。)」こと、『本願発明の「重量%で、希土類元素30から36、鉄60から66、及び残部がほう素」なる組成範囲を上記の甲第四号証の重量%による範囲と対比すると、本願発明は、希土類元素と鉄については、従来技術の数値範囲の中において、さらに範囲を狭めて特定したものであり、ほう素については、数値を挙げる代わりに「残部」と記載したものであること』、そして、『ほう素について「残部」と記載した点については、既に、甲第四号証によって、ほう素の好適範囲は判明しているのであるから、これを「残部」と記載してその具体的配分比は当業者の判断に任せたとしても、特に問題があるとは思われない』ことを主張している。

3 また、原判決も、第二七頁第一一行乃至一二行において、「エネルギー積が七ないし一〇以上であれば磁石合金として一応有用であるとされる」旨認めているのであるから、本願発明の特許請求の範囲1における鉄の含有量を公知技術と対比するに際して、甲第四号証のFIG.5において最大エネルギー積が35MGOeを示す範囲とのみ対比するのは明らかに不当であり、上告人の右主張に副って、甲第四号証の要約から導かれる、三三・六三-八一・〇四%の鉄の範囲と対比すべきである。さすれば、本願発明において、鉄の組成の限定範囲は、公知技術の数値範囲の中において、さらに範囲を狭めて特定したにすぎないことが明らかである。このような場合に、いちいち数値限定の根拠を明細書で明らかにする必要はない(東京高裁昭和六〇年二月二七日判決・無体集一七・一・六参照)。

4 なお、原判決は、右甲第四号証のFIG.5において最大エネルギー積が35MGOeを示す範囲との対比について、第二九頁第一六行乃至一九行において、「鉄の含有量において本願発明が従来技術から逸脱する範囲(上限が60重量%を越えるが、63重量%未満でもよいとする点)は、RFeB系磁石合金における鉄の含有量として技術的に無視し得る範囲とはいうことはできず、」というが、磁石合金の技術者ではない裁判官が、一体どのような技術的知見に基づいてこのような認定をしたのか全く不明である。(なお、右括弧内において、「上限が」とあるのは「下限が」の誤記のようである。また、原判決の第二九頁第一二行において、「鉄63~66重量%」とあるのは、「鉄63~69重量%」の誤記のようである。)

5 右のとおり、RFeB系磁石合金において、重量比で最も大きな割合(六乃至七割)を占める鉄について、最大エネルギー積が35MGOeを示す範囲の公知技術と対比したとき、下限が僅か3%下がれば、実質的に異なる技術内容になってしまうかのように原判決は認定しているのであるが、原判決は、前記のとおり、「エネルギー積が七ないし一〇以上であれば磁石合金として一応有用であるとされる」と認めているのであるから、原判決の右のような認定には、到底、技術的合理性が認められない。

6 次に、原判決は、本願発明におけるほう素の含有量についても、特許請求の範囲に、実際には「残部」とあるのに、これを勝手に算術計算し、「酸素を含有しない合金において一〇重量%以下、酸素含有量を最小として九・四重量%」となるから、甲第四号証に示されている組成範囲とは異なると認定している(第三〇頁第一行乃至一三行)。

7 しかしながら、RFeB系磁石合金において各成分がどのような比率で用いられるのが好適であるかは甲第四号証によって当業者には既に知られているのであるから、原判決のこのような形式論によって、結果的に本願発明の特許性を否定することには、全く合理的理由が認められない。「ほう素の含有量」については、明細書の開示に基づいて、「一重量%以下」に限定した補正が却下されていること(甲第六号証)を考慮すれば、尚更のことである。

8 右の次第であるから、本願発明のRFeB系磁石合金において、鉄とほう素の組成範囲が公知技術と異なると認定した原判決には、理由不備の違法があり、これは、旧民事訴訟法第三九五条第一項第六号の「判決に理由を付せず又は理由に齟齬あるとき」に該当する。

結語

1 本願発明は、「重量%で、希土類元素30から36、鉄60から66、及び残部がほう素」からなる点については公知であることを前提に、「高温湿度下における壊変に対する抵抗特性」を改善すべく、酸素含有量を従来と異なるように限定した点に発明があり、現実に産業の発達に寄与する発明がもたらされている。

2 そして、対応する米国、ヨーロッパの出願においても、「重量%で、希土類元素30から36、鉄60から66、及び残部がほう素」という記載が問題にされることはなかった。

3 原判決が、「重量%で、希土類元素30から36、鉄60から66、及び残部がほう素」なる記載について、技術的限定理由が明らかでないから、当業者が容易に発明を実施することができないと結論付けたことには、右上告理由第一点で述べた不備がある。

4 また、「重量%で、希土類元素30から36、鉄60から66、及び残部がほう素」なる記載について、公知技術の範囲と異なるとの原判決の認定については、右上告理由第二点で述べた不備がある。

5 よって、特許法第三六条第三項に基づいて、このように有用な発明に対して特許を拒絶する結果となる原判決の破棄を求める。

以上

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